奴隷になりたい〜おまけ〜



「ジェレミア。お前最近少し変だぞ?」
「私が・・・ですか?」


突然呼び出されたジェレミアは、ルルーシュの言葉に疑問符を浮かべた。

ルルーシュの後ろには、なぜかいつも皇帝にビッタリくっついている枢木スザクの姿はなく、その代わりのようにロイドが立っていた。
ジェレミアは違和感を感じたが、あえてそれを口にはしなかった。
椅子に座ったルルーシュの前で片膝を着いて、表情を消した顔で不釣合いな二人を見上げる。
ルルーシュの後ろに立っているロイドが、飄飄とした笑みを浮かべて、ジェレミアを観察するようにじっと見つめていた。
その視線とぶつかって、避けるようにルルーシュに目を向ける。

「どうやら自覚がないらしい・・・」


ジェレミアと視線を合わせたルルーシュは難しい顔つきで溜息を吐いた。



ジェレミアに異常行動が見られはじめたのは、彼がブリタニア本国にいるルルーシュの元へ来てまもなくの頃だった。
上辺を高い自尊心で固めたこの男が、衆目の前で綻びを曝した。
最初は誰もが「冗談だろう」と気にも留めないほどの小さな綻びではあったが、ルルーシュはそれに不安を感じていた。
周りの者とは一線を画し、決して内面にある本性をルルーシュ以外の前に曝すことのないジェレミアが、その二面性の使い分けができなくなっている。
それはジェレミアの自我の崩壊を意味していると、ルルーシュは気づいていたからだ。
これまでに何度か「気をつけるように」とジェレミア本人に警告はしてきていたのだが、その綻びは消えるどころか徐々に徐々に大きくなってきている。
そしてついにそれはジェレミアがもっとも引け目を感じているスザクの目に留まってしまった。
プライドが人一倍高いジェレミアからは考えられない行動だ。
しかもジェレミアにはその自覚がないらしい。
だから羞恥とも感じていない。
ジェレミアの目には、今やブリタニアの皇帝となったルルーシュの姿しか見えなくなっている。
それはやはり異常なことだろう。
ルルーシュは頭を抱えた。

「ジェレミア・・・このままだとお前には再教育プログラムを受けてもらわなければならなくなるが・・・」
「はぁ・・・」

間の抜けた返事を返されて、ルルーシュは痛む頭を抱え込む。

「お前、再教育プログラムを受けるということがどういうことなのか、ちゃんと理解しているのか!?」
「再教育プログラム・・・ですか?」

ジェレミアには、まったく他人事のようである。
ルルーシュは後ろに控えたロイドに目配せをして、顔を近づけてジェレミアの耳に届かないほどの小声でヒソヒソとなにかを囁いた。
ロイドは相変わらず掴みどころのない笑みを浮かべたままで、ルルーシュの言葉に小さく頷いている。

「ジェレミア卿。貴方はこのままだと皇帝陛下の側近から外されることになりますが、それでもよろしいのかな?」
「私が?なぜ?」

ジェレミアはサッパリわかっていない。
成り立たない会話に、ルルーシュは苛立ちはじめていた。

「だぁ〜かぁ〜らぁッ・・・」
「・・・お前は、クビだッ!!」

言いかけたロイドの言葉を奪って、ルルーシュがジェレミアに向かって怒鳴りつける。
ルルーシュは椅子から乱暴に立ち上がり、後ろを振り返りもしないでツカツカと早足で部屋を後にした。

「ジェレミア卿。陛下の仰る再教育プログラムってゆーのはですねぇ、士官学校からやり直しってコトなんですよ?」

「おわかりですか?」と、ロイドに言われて、ジェレミアは無言でルルーシュの出て行った扉を見つめた。




「あのジェレミアの反応をどう思う?」
「そうですねぇ・・・」

皇帝専用のプライベートルームで、ルルーシュとテーブルを挟んで向かい合って座っているロイドは出された紅茶を一口啜りながら珍しく真剣な表情を浮かべていた。
ルルーシュは脚を組んで、長椅子の背もたれに背中を預けて、なげやりとも取れる格好でロイドの次の言葉を待っている。

「ボクは脳神経や心理学の専門家じゃないからなんとも言えませんけど、過労やストレスからくる鬱の一種だと思うのですが・・・?」
「・・・鬱?」
「彼の場合精神不安定の要素を見出すことができますから、躁鬱と言ったほうがいいのかも知れませんが・・・」
「馬鹿な・・・ジェレミアは半分以上機械なんだぞ?鬱病など有り得ん!」
「でも陛下。資料を拝見しましたが、彼の脳や体の一部は生体パーツなんでしょ?だったら可能性がないとは言い切れないのでは?」

言われてルルーシュは組んだ脚を外して、考え込むように俯いた。

無言の皇帝を前に、ロイドは寛いだ様子で紅茶を啜っている。
どれくらい時が経ったのか、廊下に騒がしい足音が近づいてきて、ノックすることもなく激しく扉が開けられた。

「ル、ルルーシュ!!」

息を切らした枢木スザクが室内に飛び込んでくる。

「・・・どうしたスザク?今は取り込み中だ。悪いが話なら後にしてくれないか?」

「それでころじゃない!ジェレミア卿が・・・」
「・・・ジェレミア?」

思いがけないところから渦中の人物の名前を出されて、ルルーシュが眉を顰める。

「ジェレミアがどうかしたのか?」
「中庭の噴水の池に身を投げて自殺未遂を・・・」

スザクの言葉にルルーシュとロイドは思わず顔を見合わせた。










コツコツとノックの音が響いて、ジェレミアに与えられた私室の扉が開けられる。

「皇帝陛下がお見えです」

警備の兵士を従えたルルーシュが部屋の中に入ると、大きめのブランケットに包まれたジェレミアが、虚ろな瞳で虚空を見つめていた。
そのジェレミアの濡れた髪を侍女がタオルで丁寧に乾かしている。
皇帝であるルルーシュの姿の姿を見止めると、侍女は髪の毛を拭く手を止めて、ルルーシュに頭を下げながらジェレミアからすっと離れていく。
付き従ってきた警備兵も全て下がらせて、ルルーシュは無気力なジェレミアを見下ろした。

「何を考えている?」

問われてジェレミアは虚空を見つめたまま「なにも」と答え、ルルーシュを見ようともしない。

「噴水の池で入水自殺とは・・・な。馬鹿にもほどがある」
「・・・・・・・・・・・」
「本気で死ねると思ったのか?」

ジェレミアは何も答えなかった。

「一体どうしたと言うんだ?」
「私はどうもいたしません」
「じゃぁなんで・・・」
「・・・陛下。先程のお話の件ですが、再教育プログラムを謹んでお受けいたします」
「お前・・・自分で何を言っているのか理解しているのか!?」
「はい。充分に理解しているつもりです」

瞳にルルーシュの姿を映さないままに、ジェレミアは淡々と言葉を続ける。

「私はこれ以上陛下のお役にたつことはできません。側近としてお傍にお仕えするのは私には分不相応だと気づいたのです」
「何を言っている?お前の言う忠義はそれくらいのものだったのか?」
「自分の立場を弁えることも忠義だと思っております」

視線を床に落とし、一度も視線を合わせないで話すジェレミアにルルーシュは苛立ちを感じた。

「おい!人と話すときはちゃんと目を見て話せ!」

ルルーシュに怒鳴られてもジェレミアは視線を上げようとはしない。

「ジェレミア」

「こっちを見ろ」と、ルルーシュはジェレミアの顎を乱暴に掴んで強引に自分の方を向かせた。

「理由も言わずに俺から逃げ出すつもりか?」
「理由?」
「そうだ。俺の納得のいく理由を説明をしろ。訳もわからずにお前を処分することはできない」
「私ごときの事情など陛下がお知りになる必要はございません。どうかご随意にご処分ください」
「そうはいかない。お前は俺にとって都合の悪いことをいろいろと知りすぎている。それにその物騒な左目だ」
「陛下がご都合の悪くなるようなことはいたしません。お疑いならこの場で私を殺してくださっても結構です。ご希望ならこの左目も陛下に差し上げます」

そう言って、ジェレミアは仮面に覆われた自分の左目に手を掛けて指先に力を入れる。

「何をする!馬鹿なことは止めろ!!」

自虐的としか思えない突然のその行動に、慌ててルルーシュはジェレミアの手首を掴んだ。
寸でのところで左目に掛かった手を離させると、その手はだらりと力をなくす。

「・・・頼むから、訳を話してくれないか?」

子供をあやすように、ジェレミアの顔を胸に抱き寄せて、ルルーシュはまだ乾ききっていない髪を優しく撫でた。
何度も何度も髪を撫でると、それまで無表情だったジェレミアの顔に次第に感情が戻り始める。
それでもルルーシュは髪を撫でることを止めない。
心の中に押し留めていた感情が溢れるように、涙がジェレミアの頬を伝って零れ落ちた。

「・・・陛下は、私のことなど必要としていないのでは・・・ないのですか?」
「そんなこと、あるはずないだろう?なぜお前はそう思うんだ?」
「陛下は枢木をいつもお傍に置いて、私など見向きもされない・・・」

それは即ち、

「なんだ、お前・・・ヤキモチを妬いていたのか?」

激情型のルルーシュは嫉妬という感情は外に怒りをぶつけるものだと思っていた。
しかしジェレミアはそれを内側に押し留めてしまうタイプらしい。
挙句の果てに躁鬱に陥るなど考えてもいなかったことだ。
意外と繊細な神経のジェレミアに思わず苦笑が零れる。

「相変もわらず、お前は馬鹿だな・・・」
「・・・そ、そのような。私は決して・・・陛下にヤキモチなど、おこがましいにもほどがあります!そのような卑しい気持ちは・・・ッ!」

「お前はいいんだよ」と、ルルーシュが優しい声でそう言って、しばらく触れていなかった唇を重ねた。

「陛下・・・」
「お前、結構強情なんだな。いい加減名前で呼んだらどうなんだ?」
「よろしいの・・・ですか?」
「当然だろ?」
「・・・ル、ルルーシュ様!」

ジェレミアが躊躇いながらルルーシュの背中に腕を回す。
縋るように抱きついて嗚咽をもらすジェレミアをルルーシュは宥めるように優しく抱きしめ返した。

「お前は何が望みだ?言ってみろ一つだけ皇帝ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが叶えてやる」
「私の望みは、ルルーシュ様のお傍に・・・お傍に置いていただくことです」
「お前のその望みを叶えてやろう・・・」

口づけを交わして、ルルーシュの唇がジェレミアの首筋をなぞると、縋るジェレミアの腕の力が増していく。
肩を滑らせるようにしてルルーシュの手が邪魔なブランケットを剥いで、ジェレミアの身体を長椅子の上に押し倒す。
ジェレミアは抵抗しなかった。寧ろそれを待ち望んでいたようだった。
「ここでいいのか?」と聞かれると、ジェレミアは恥らったように「ルルーシュ様のお心のままに」と瞳を伏せる。
しかし、そこまでしておいて、ルルーシュは一旦動きを止めた。

「ジェレミア・・・ちょっと待っててくれないか?」
「・・・ルルーシュ様?」

訝しむジェレミアから身体を離すと、ルルーシュは扉の方へと歩いていく。
そして、

「ロイド!盗み聞きとは趣味がよくないな!?」

扉を開けずにその向こうにいる盗聴者に声をかけると、「あれれ?バレてました?」と惚けた声が返ってきた。

「さっさとあっちに行け!」
「はいはい」
「それから、スザクに余計なことを言ったら殺すぞ!」
「わかっていますよ〜」

スザクにはジェレミアの名誉を傷つけるようなことは知られない方がいいとルルーシュは考えたのだろう。

「あ、そうそう!ついでに、お節介かもしれませんが、この部屋には誰も近づかないように言ってありますから、ごゆっくりどうぞ〜!」

遠くなっていくロイドの声に、ルルーシュは苦笑を浮かべつつも、その腕にはすでにジェレミアを抱きしめている。



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